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(無題)

 投稿者:  投稿日:2013年 8月10日(土)14時22分21秒
返信・引用
  こちらこそ、ありがとうございました。
楽しかったです。
 
 

(無題)

 投稿者:うえだ  投稿日:2013年 8月10日(土)14時01分54秒
返信・引用
  新人だから、若い人だから、新しいものを期待するというのではないのですが、

(自分も含め)あとから来た人が、なにを俳句だと思ってるのかに、興味があって。

それって、俳句の今をよく示す指標になると思うんです。

でもって、俳句の「今」の風景は、常識的というのがキーワードな気がします(あまりよくない意味で)。

その中でも、こつこつ個人的な試行を行って、成果をのこされている書き手はいて(今回の14人以外にももちろん)、

そういう人が、必ずしももっとも高い評価を受けるわけではないみたいだけれど、そういう人に機会が与えられることが楽しみです。

「俳句」の、新鋭俳人20句競詠は、いつもいちばん楽しみにしているページ。2年で24人紹介することになるわけですけど、来年以降も継続して欲しいなあ。

はい。こんなかんじで。おつかれさまでした!!
ありがとうございます。

 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2013年 8月10日(土)13時45分47秒
返信・引用 編集済
  ここに至るまで、まさにそれについて話してきたので、
各作家についての言及は、全体の感想から消しました。

すみません。
宜しくお願い致します。
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2013年 8月10日(土)13時35分46秒
返信・引用 編集済
  作品には関係ないのですが、「希望の星たち」というコーナータイトルにちょっとびっくりしました。
手垢の付きすぎたフレーズで。
天気さんも「週刊俳句」の後記に書いていましたが。

こんなところでしょうか。
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2013年 8月10日(土)13時26分6秒
返信・引用
  あ、南十二国さん。阪西敦子さん。松本てふこさんも読みたかったです。  

(無題)

 投稿者:  投稿日:2013年 8月10日(土)13時21分30秒
返信・引用 編集済
  俳句に限らずそうだと思いますが、その作家なりのなにかを感じさせてくれる句を読みたい、といつも思います。
今回、そういう面を感じた作家も、そうでない作家もありました。
それは、書き方が新しいとか、古いとかではなく、なんだろう。
書き方の工夫、なのかな。
持って生まれた感覚や歩んでこられた人生ももちろん要素としてありますが、いつも言葉を探している、考えられている、という俳句を読みたいです。読者としては。

読みたかった作家。
野口る理さんの作風に俳句の新しさ、楽しさを感じているので、ぜひ新作を読んでみたかったですね。
あと、新撰21の最初を飾った越智友亮さん。当時とても好きでした。
社会人になっておられるのでしょうか。いまの新作を読みたいですね。

 

(無題)

 投稿者:うえだ  投稿日:2013年 8月10日(土)13時14分25秒
返信・引用
  他に読みたかった人 たくさんいます。野口る理さん、福田若之さん、小野あらたさん、阪西敦子さん、相子智恵さん、南十二国さん、越智友亮さん、ほんと他にもたくさん。
 

(無題)

 投稿者:うえだ  投稿日:2013年 8月10日(土)13時04分12秒
返信・引用
  では、いったん、こんなかんじでしょうか。

全体から感じられたこと、他に読みたかった作家等、感想お願いします。
 

蜜豆大臣

 投稿者:  投稿日:2013年 8月10日(土)13時01分7秒
返信・引用 編集済
  〈終焉〉の句は、私も好きです。
「咲き誇」りつつも白鷺はどこか儚い。白鷺の風情をうまく詠まれていると思います。

今回は不調だったのかもしれませんが、田島さんの句は注目しています。
なので、また新作を読みたいですね。
 

蜜豆大臣

 投稿者:うえだ  投稿日:2013年 8月10日(土)12時57分47秒
返信・引用
  じつは、今回、ちょっと不調かなと。

終焉を白鷺は咲き誇るかな

田島さんとしては、攻めてないふつうの句かもしれないですけど、

田んぼにいる、きれいだけど地味な白鷺が、なにかの終わりを(祈りに替えるように?)咲き誇るというのは、けなげで美しいと思いました。
 

蜜豆大臣

 投稿者:  投稿日:2013年 8月10日(土)12時53分20秒
返信・引用
  うーん。そうなのでしょうか。
そうだとしたら、私にはそこまで読む力がまだないです。
 

蜜豆大臣

 投稿者:うえだ  投稿日:2013年 8月10日(土)12時48分4秒
返信・引用
  ぜんぶ言っちゃって、それでも、まだそれ以上のものが、そこには生まれているはず、ということなのかな。

作者自身の小文の「「俳句」という容れ物と、それを満たしている俳句との間に生まれる不思議な空間が俳句を俳句以上のものにする」という言葉を見て、思いました。
 

蜜豆大臣

 投稿者:  投稿日:2013年 8月10日(土)12時46分23秒
返信・引用
  はい。「未必の故意」、そのまんまですよね。  

蜜豆大臣

 投稿者:うえだ  投稿日:2013年 8月10日(土)12時44分47秒
返信・引用
  まぼろし、もそうですね。〈五月雨の髪ゆれほどく未必の故意〉の「未必の故意」も、言っちゃってる感じしませんか。  

蜜豆大臣

 投稿者:  投稿日:2013年 8月10日(土)12時42分15秒
返信・引用 編集済
  枇杷美貌美男子がふわふわになる

ほかの6句に比較して、この句だけよく分からないw
そこがいいかな、と。
「び音」の繰り返しから「ふわふわになる」という展開の意外さ。

〈釣堀のまぼろし釣り人たち蛹〉「まぼろし」も結論っぽいですね。
 

蜜豆大臣

 投稿者:うえだ  投稿日:2013年 8月10日(土)12時37分23秒
返信・引用
  〈蜜豆大臣無邪気名刺でつくる塔〉「大臣」が「無邪気」って、答え言っちゃってるという気がしなくもない。  

蜜豆大臣

 投稿者:  投稿日:2013年 8月10日(土)12時35分48秒
返信・引用
  「蜜豆大臣」。
田島さんの変な(いい意味で)造語には、いつも感心します。「白鳥定食」とか。
 

蜜豆大臣 

 投稿者:うえだ  投稿日:2013年 8月10日(土)12時34分37秒
返信・引用
  〈紅梅やネバダにも似た花がある〉以下の代表句3句が意外。あ、これなんだ、と思いました。  

踏切近く

 投稿者:  投稿日:2013年 8月10日(土)12時29分57秒
返信・引用 編集済
  >景に、狙いが少なく薄味であること、ゆるいこと、ふつうであること
>そういうものが、どこでどうなって、作品になるかっていうのも、ほんと、びみょうなところで

これは自分でつくった句にもしょっちゅう感じることです。
句会でほかの人に伝わらないと、あ、これは自分の思い込みだったんだな、と。
 

踏切近く

 投稿者:うえだ  投稿日:2013年 8月10日(土)12時28分56秒
返信・引用
  >そんなに大仏が詠みたいんだ

w あるいは、この淡々とした書き方によって実現されるものに対する執着とか(形容矛盾にきこえそうですけど)

(書かれることなくなったら、どうぞ、お次へ)
 

踏切近く

 投稿者:  投稿日:2013年 8月10日(土)12時24分8秒
返信・引用
  大仏の句が3句もあって、そんなに大仏が詠みたいんだ!と感じられる熱気みたいなものが感じられれば、納得したかもしれないですけど。  

踏切近く

 投稿者:うえだ  投稿日:2013年 8月10日(土)12時23分1秒
返信・引用
  景に、狙いが少なく薄味であること、ゆるいこと、ふつうであることを、モラルとする書き手だと思うんですけど、そういうものが、どこでどうなって、作品になるかっていうのも、ほんと、びみょうなところで、ひじょうに見失いやすいというか。

虚子の直接的な影響下に書く作家の人全員が、持たされている課題なんじゃないかと思います。
 

踏切近く

 投稿者:  投稿日:2013年 8月10日(土)12時20分18秒
返信・引用
  初めの1句の〈不発弾処理〉は、古い景色の中にも不穏なものはまぎれこんでいる、ということなのでしょうか。

〈サングラス〉の句。見たことを順を追ってそのまま詠まれたのかもしれませんが、
私は「取らず」にちょっと理を感じてしまいました。
 

踏切近く

 投稿者:うえだ  投稿日:2013年 8月10日(土)12時19分17秒
返信・引用
  わりと降参に近いです。〈江ノ電の踏切近く水を打つ〉これ、なまじ江ノ電だけに、カメラコンテストとかにありそうな作った絵になっちゃってる。もっと、ただごとになっててくれれば、というのは、個人的趣味かもですけど。


〈湧き出して一円歪む清水かな〉水の中に清水が湧き出す「瞬間」を見たということなんでしょうか?? すでにある円を、次の歪めたみたいな言い方になってるけど、ほんとは、その円は歪み続けているわけで、もひとつ、ぴたっときてない気が。
 

踏切近く

 投稿者:  投稿日:2013年 8月10日(土)12時14分46秒
返信・引用
  鎌倉あたりの景ですね。古い風景や題材で詠もうとされているのでしょうが、
中本さんの独特の目を感じる部分が、あまり感じられないというか。
 

踏切近く

 投稿者:うえだ  投稿日:2013年 8月10日(土)12時12分31秒
返信・引用
  サングラス取らず大仏撮り始む

モチーフすこし面白い。「取らず」って理が付かないのか、「始む」ということの意味はあるのか、と疑問はあるのですが。
 

 投稿者:  投稿日:2013年 8月10日(土)12時06分59秒
返信・引用
  〈シャワー〉の句、狂流さんの句の方がはるかに屈折がありますね。
そのまんまの景だけどそのまんまじゃない心情、というか。
 

(無題)

 投稿者:うえだ  投稿日:2013年 8月10日(土)12時05分36秒
返信・引用
  作者名の問題、微妙なところですけどね 扱いにくい

次ぎ行きましょう。中本真人さん。
(う、この人も困る)
 

 投稿者:  投稿日:2013年 8月10日(土)12時01分32秒
返信・引用
  >でも、これ関悦史さんが書いたとしたら、いい句になってしまう。個人的な煩悶の果てっていう、文脈があるから。

関さんはその文脈ごと認められていますからね。
説得力って、そういうところに出現するんですね。
 

 投稿者:  投稿日:2013年 8月10日(土)11時59分40秒
返信・引用
  >この句の存在を認めるための「場」を、作品と読者が目で合図するようにして、設けなくてはならない。

ああ、確かにそうですね。
そうでないと、その句について何を言っても、軽くなってしまうというか。
俳句にも、会田誠が出てきて何かを言うような場があってもいいのかもしれないけれど。
でも、私も、その場には出たくないかも。出ても言いたいことがあまりないかもしれません。
 

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